産後のトラブル
公開日:2016/07/28
最終更新日:2021/10/25

この記事を監修したドクター
東京大学大学院医学系研究科母性看護学・助産学教授(助産師)春名 めぐみ 先生
産後はまず自分の体調を整えることから
現在の日本では、経腟分娩(けいちつぶんべん)で元気なお母さんは、出産当日からでも自宅での生活が可能なぐらいになりました。医学的治療が必要な場合以外は、産後のケアは時間が解決する自然の経過です。
しかしながら、授乳の度に後陣痛(こうじんつう)といって子宮収縮の痛みがあったり、会陰切開(えいんせっかい)や裂傷(れっしょう)の傷が痛むこともあります。骨盤の痛みや腰痛、尿が出にくかったりするなどの不調もあります。ましてや初産の場合は、産後すぐの体調で、赤ちゃんとの生活が始められるのかと不安に思うこともあると思います。日本は先進国の中では、産後、比較的長く入院する習慣のある国ですから、入院中に体の不安について十分に相談しておくといいでしょう。
また、体力の回復という意味では、個人差がとても大きく、その日からすぐ赤ちゃんの世話以外の家事もこなせる人もいれば、疲れがとれず赤ちゃんの世話だけで精一杯という人もいます。疲れが取れないまま、授乳などが始まると、心の準備ができないこともあります。最初から張り切り過ぎず、まずはゆっくり疲れを取ることが大切です。産後3週間ほどは、無理をせず、いつでも休めるようにし、その後体の回復に合わせて徐々に普段の生活にもどしていきましょう(床上げともいいます)。産後ケアで宿泊型ショートステイ・産後デイケアなどを利用する方法もあります。
帝王切開後のお母さんへ
帝王切開に至る理由はさまざまですが、赤ちゃんのためには最良の選択だったはずです。
産後の体と心の回復には少し時間がかかりますが、日薬(ひぐすり)・日にち薬といって、日ごとにゆっくり回復していくので、まずは無理せずに体も心も回復させましょう。
手術の傷は、術後3週間~1年かけて炎症が消失し、肌色に近い傷あとになっていきます。手術の傷あとの回復には、「体質」と皮ふを伸ばす伸展刺激や摩擦のなどの「物理刺激」が関係しています。傷あとの皮ふを伸ばすことを防ぎ、摩擦から守るために、傷あと用のテープを用いてセルフケアをすることもできます。体質によって炎症が強く生じ、肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)やケロイドなどが増大してくるようであれば、皮膚科や形成外科にご相談ください。
帝王切開の場合、体調によっては授乳よりも体の回復を優先すべきと判断されることもあり、授乳開始のタイミングが少し遅くなったり、授乳の回数をすぐに増やしたりするのが難しいことがあります。最初から完全母乳を目指すのではなく、産後2か月くらいを目標に、焦らず、少しずつ授乳回数を増やすことで自分なりの授乳のペースを作っていきましょう。産後の母乳相談などのサービスをうまく使って、授乳に関する心配や不安を解消しましょう。
マタニティーブルー
出産後1〜2日は、幸せな気持ちが心を満たしているはずです。しかしなかには、出産2〜3日後になると、なぜか心が落ち込み、ブルーになる場合もあります。なんということはないことで、突然涙が出てきたり、母乳が出ないだけで悲しくみじめな気持ちになったりする人もいます。これは「マタニティーブルー」という産後約3日〜10日間に起こる心の変化で、女性ホルモンの急激な低下が要因のひとつと言われています。
ほとんどの女性は、10日ほどで自然に心の状態も回復します。とくに治療もしないことがほとんどです。疲れたり、涙が出たり、焦ったり、食欲が落ちたりしたら、マタニティーブルーのせいにしてしまいましょう。楽しくなることを見つけたり、赤ちゃんはお父さんや周囲に任せ、ブルーが通り過ぎるのを待つことも大事です。
産後うつ
産後の心の問題には、産後うつ病もあります。女性の生涯を見渡すと、人生で二度、うつ病を発症しやすい時期があります。更年期と産後です。
女性ホルモンの変化の影響もありますが、母親としての仕事が増え、大切な赤ちゃんのことを心配するあまり、心がオーバーワークになって充電不足になってしまいます。マタニティーブルーとは違って、産後約2週〜1か月以内に急に起こりします。何をやっても楽しくない、自分は母親失格なのではないかと思ってしまう、理由なく不安になったり、悲しくてみじめな気持ちになったり、眠いのに眠れないなどなど…。1週間ほど続いて、心の症状が起こったら、出産した病院、赤ちゃん訪問の保健師や助産師などに相談しましょう。
心のパワーが落ちているときは、だれかに相談してもどうせ解決しない、思い通りの支援は受けらえないと思って、相談をためらい、つい、「大丈夫です。」といってしまうことも多いのですが、産後うつ病は、早く発見して治療すれば、数か月から1年でよくなります。困ったときに「助けて」といえる「受援力」は子育てをする上で重要です。産後うつ病は、母親として十分に頑張ってきた結果です。充電期間を設けて、子育てを休み、子育ての態勢を整えることも効果があります。子育てを休むのは、母親失格ではありません。居住地の自治体によっては、産後の家事・育児支援サービスやヘルパー等の利用助成が受けられます。産後ケアで宿泊型ショートステイ・産後デイケアなどを利用する方法もあります。産後うつ病の母親への支援体制は整ってきていますので、ぜひ居住地の保健師・助産師などに相談してみてください。
産後の骨盤底トラブル
産後の体は、骨盤のゆがみやゆるみが生じやすくなります。骨盤のゆがみやゆるみを予防するためには、骨盤底筋体操が効果的です。骨盤底筋群を鍛えることで、産後に起こりやすい痔や尿漏れを防ぐことができます。妊娠時から鍛えることが可能です。腟と肛門を意識しながら締めたり、緩めたりを1回30回以上を目標に行いましょう。体の中に引き込むような感覚です。骨盤底筋群のトレーニングになります。
また、お母さんの体は、出産するために、ホルモンで骨盤周りの靭帯を緩め、骨盤を開きやすいようにしています。産後は、出産でゆるんだ骨盤を元に戻そうとしますが、うまく戻らないこともあり、恥骨痛、尾骶骨痛、腰痛が起こります。骨盤を締めるためのコルセットや骨盤ベルトで締めて固定したり、股関節のストレッチで軽減することができます。セルフケアとして、足を組まないようにしたり、斜めに座ったりしないように、正しい姿勢に心がけるだけでも傷みがやわらぐこともあります。
また、産後の骨盤周りのトラブルに、子宮脱があります。子宮脱は、子宮を支える骨盤底筋が弱くなり、子宮が下垂して腟から出てしまう状態です。下腹部や外陰部の不快感、尿が出にくくなる排尿障害が起こることもあります。日常生活に支障があるようでしたら、我慢せず、産婦人科医に相談してください。一度、子宮脱になってしまうと、戻すのは難しいため、産後は腟や肛門を締める骨盤底筋体操を日常的に行いましょう。
産後の性生活
月経は、産後1〜2か月で始まる人が多いです。しかし、授乳を続けているとプロラクチンの影響で、卵巣機能が抑制され、1〜2年無月経になる人も少なくはありません。
昔、避妊が一般的でなかった時代には、5人の子を出産する間、ずっと無月経という人もいました。授乳期が終わるころに、次の子を身ごもるというのは、ある意味自然ですが、現代女性は、そのまま当てはめるわけにもいきません。
産後の性生活開始に特に医学的な決まりはありません。女性器の回復、性交開始は、産褥(さんじょく)期が済んだころというのが一般的です。原則、セックスはふたりが楽しむもの。妊娠期に引き続き、産後にセックスレスとなるカップルも少なくありません。これを避けるなら、妊娠中を通じてのスキンシップも大切です。
計画的妊娠のためには、産後、最初の性交から避妊を行うことが必要です。最初の月経の前に排卵が起こることもあります。授乳をしていることによる、卵巣機能の抑制だけでは、避妊は不確かになります。しかしながら、低用量ピルは乳汁分泌を抑える性質があるので、授乳を続けるならコンドーム、あるいはIUD(子宮内避妊器具)も選択肢として考えましょう。
産後、長期の無月経になる女性もいます。ストレス、体重減少など、さまざまな原因があります。うつ病などを起こすこともあり、治療のための向精神薬が影響し、薬物性無月経になる場合もあります。
無月経期間の長い女性は、骨量が低下するなど、女性の健康にさまざまな影響を与えます。2年以上、無月経の場合には、産婦人科医に相談してください。
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