摂食障害(拒食、過食)
公開日:2016/03/29
最終更新日:2022/12/28

この記事を監修したドクター
政策研究大学院大学名誉教授 跡見学園女子大学 心理学部臨床心理学科 特任教授鈴木 眞理 先生
健康人でも過食が起こる
過食とは自分で抑えられないむちゃ食い衝動のことです。健康な方でもダイエットで急激に体重を減らすと、途中で過食になります。リバウンドと呼んでダイエットの失敗のようにいわれますが、実は脳の防衛反応です。この過食は、体重がダイエット前、あるいは、それ以上に増えて止まります。
神経性過食症の過食
リバウンドの過食が起こっても、「やせていないと私の人生は終わりだ」などと極端なやせや体型へのこだわりがある方は、やせを維持するために自分で吐いたり、下剤を乱用したり、あるいは、絶食や過剰な運動で、食べたことを帳消しにしようとします。不適切な代償行為と言います。これによって、体は飢餓状態になるので、また、過食になります。脳の指令なので、自分でコントロールできませんし、胃がパンパンになっても、お構いなしです。どうせ過食するのだからと、3食を抜くか低カロリー食にするので、過食の勢いは増します。過食する食品は炭水化物や脂っこいものです。これは、糖と脂肪しか満足を得られないことが、脳科学で明らかになっています。
過食も嘔吐も辛い行為です。しかし、一方で、過食の最中だけ嫌なことを考えない解放感があり、嘔吐すると嫌な気分も出て行く爽快感を感じるようにもなります。中には、嘔吐するために過食するという方もいます。過食が憎いと思いながら、どこかで、過食に助けられているので手放したくない気持ちもあります。現実社会のストレスや不満だけでなく、疲れ、寂しさ、空虚感、さらに、暇さえも過食の引き金になります。多くは、日中の緊張やストレスが多い活動が終わった夜、家族が不在の時に起こります。過食と代償行為が週1回以上になると、神経性過食症と診断されます。繰り返すことで過食を始める敷居が低くなり、毎日、毎食後と回数が増えることがあります。
過食と排出行為の後は、後悔と自分を責める気持ちが強くなります。脳のセロトニン減少により、抑うつ気分になって、翌日の登校や出勤ができなくなったり、約束をドタキャンしたりして、社会的信用を失うこともあります。過食費用が月10万円という方も少なくありません。「あなたの心の空虚感を埋めるには100万円でも足りないでしょう」と尋ねると、「はい」と返事が返ってくることもあります。過食は意志が弱いからするものではなく、風邪の咳のように病気の症状のひとつです。ただ、慢性化すると、過食嘔吐しないと1日が終わらないといった習慣のようになったり、気分を整えようと意図的に過食したりするので、周囲からは自分でコントロールできるのではと誤解されることも多いです。また、過食に頼るほかに、アルコールや買い物に依存することもあります。
神経性やせ症の過食
神経性やせ症の回復期も過食になります。この過食期は月経が回復する体重まで続き、その後、自然に治まっていきます。ただし、やせ症になった心理的課題がまだ解消されていないと、やせの「嫌なことを感じない、向き合わなくて済む安心感」のために、嘔吐や下剤乱用でやせを維持しようとします。健康人の半飢餓臨床試験でも、体重を6か月で約25%減らした被験者がその後全員、過食になったこと、中には精神的に不安定になって精神科の治療を必要としたことも報告されています。やせている方の過食は、やせている限り止まりません。
治療ではどんなことをするのか
どのような病気でも程度の差はあれ、回復します。摂食障害にかかる方は完璧主義で、過食が一気に止まる魔法のような治療や、過食だけ止まってやせていられる方法を期待される方が多いです。過食が起こるメカニズムを学んで、ご自分のストレスに気付いたことで、短期間で過食が消失された方もいましたが、たいていは時間がかかります。風邪の咳がぴたりと止まりにくいように、過食もぴたりと止まらなくて当然です。少しずつよくなると過食をする回数が徐々に減っていきます。過食時間を減らすというより、ほかのリラックスできる楽しい時間を増やすことで過食に支配される時間を減らします。
過食になると体重増加を恐れて、過食以外の食事を減らしがちですが、3食とおやつも含めた規則正しい食事は、脳への飢餓刺激を減らして、無用な過食衝動を抑えてくれます。
過食は自分の心模様の結果です。他人への気配りができて、気持ちの優しい方の病気です。ただ、現代は気配りや優しさの感度を落とさないと、つまり、「良い加減」にしないと自分のストレスが溜ります。自分のストレスが何なのか、ストレスがあるのか、さえわからない方もいます。専門家と一緒に自己分析も必要です。〇〇すべきという思考や完璧主義を緩める、頑張るや我慢するばかりでなく、他人を頼って助けてもらう、自分の意見や快不快を適切に他人に伝えるなど、ストレスを作らない、ためない、適切に発散するスキルを学んで、実践することが治療です。
人の考え方や行動パターンは何年もかけて作られるので、それらを変えるには年数がかかります。摂食障害にかかりやすい方は、頑張ってすぐに目標を達成することが上手な方々で、見方によってはせっかちです。ただ、回復のプロセスは年単位で進みます。自分では変化がないと思っても、よくなりたいと思いはじめた人には確実に小さな良い変化が起こっています。過食費用を月1,000円減らしたことがあった、週に1日は過食しないで済んだ、など、本人にとっては取るに足らない変化でも、この病気としては大きな進歩です。専門家はそれに気づいて、長い目で応援できます。
やせがない神経性過食症では認知行動療法が効果を上げており、保険診療で受けることができます。神経性やせ症ではBody mass index(BMI)が15以上になり、飢餓による精神症状が緩和されてから認知行動療法がおこなわれます。認知行動療法的な診療は通常の外来でも行われています。うつ状態や不安、睡眠障害(不眠や過眠など)などの症状が加わった場合には、生活指導や認知行動療法のほかに薬物療法も検討されます。薬に関しては、患者さん自身の希望も大切ですので、主治医と話し合って決めていくことになります。
嘔吐に伴う体のメンテナンス
嘔吐は食べた物だけを出しているのではありません。唾液、胃液、時には黄色い十二指腸液まで排出することになります。これらはミネラルに富み、腸でリサイクルされていますので、脱水とミネラル不足になり、血圧が下がります。また、胃液の酸を失うと、腎臓で水素イオンの代わりにカリウムイオンを尿に排泄せざるを得なくなって、低カリウム血症が進みます。血中のカリウムが少なくなると、筋力低下、疲労感、イレウス(腸の動きが悪くなる)、心電図異常、腎不全などをひき起します。嘔吐した量に見合う水分とナトリウム(食塩)やカリウムに富む食品を補充しましょう。カリウム剤だけでは、低カリウム血症を補正できません。
嘔吐の際に、胃酸による歯の障害(酸蝕歯)がおこり、それにより歯を失う危険があるので注意しましょう。嘔吐後は真水で30回以上うがいします。そして30分待って、口腔内が中性に近づいてから、やわらかい毛の歯ブラシと研磨剤を含まない歯磨剤で軽く歯磨きをします。歯科医に事情を伝えて、定期検診と早めの治療が重要です。
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