女性ヘルスケアと予防接種

東京大学大学院 医学系研究科 産科婦人科学講座 川名 敬  Kei Kawana

1.女性にとって重要なワクチン接種

21世紀は「予防医学」の時代と言われています。ワクチン接種によって予防しうる疾患があります。予防接種は、性差なく年齢を問わず不可欠な知識でありますが、生殖可能年齢の女性には特有の予防医学の知識が必要です。ワクチン接種によって予防可能な疾患をvaccine preventable diseases: VPDといいます。女性特有の重要なVPDには、妊娠時の母子感染が問題となるものと妊婦の重症化が問題となるものに大別できます(表1)。母子感染が問題となる病原体は風疹ウイルス、水痘帯状疱疹ウイルス、B型肝炎ウイルス、ヒトパピローマウイルス(HPV)であり、妊婦の重症化が問題となる病原体はインフルエンザウイルス、麻疹ウイルスが挙げられます。
生殖可能な女性に対するワクチン接種では、妊婦もしくは妊娠の可能性がある女性に対して接種する場合は十分に注意を払う必要があります。ただし、妊婦はインフルエンザ感染症のハイリスク群です。不活化ワクチンであるインフルエンザワクチンの優先対象ですので、積極的な接種が望まれます。

風疹ワクチンには“谷間世代“があります

我が国の風疹ワクチン接種事業には時代の変遷があります。その過渡期に予防接種がきちんと実施されていない世代があるのです。1995年に8-13歳の世代(1982-1987年生まれ)では、どの時期の定期接種からも漏れてしまっています。実際、風疹抗体保有率も低いのです。年齢に幅を持たせて1979-1989年生まれの女性(2011年現在21-31歳)に対しては積極的な風疹HI抗体検査や風疹ワクチン接種が予防医学の観点から重要です。

がん予防のためのワクチン

子宮頸癌をはじめとするHPV関連疾患は、近年のHPVワクチンの開発により予防できる疾患となってきました。HPVワクチンは、女性にとって最も脅威である子宮頸癌の予防ワクチンですので、そのインパクトは極めて大きく、世界中で接種されています。子宮頸がんをはじめとするHPVに関連する疾患は、生命が危険にさらされるだけでなく、妊娠する能力を失うリスク、母子感染のリスクも考えられます。HPVワクチンは、女性にとっては最も重要なワクチンと言えます。

「がん予防を可能にするHPVワクチン」

子宮頸がんは、国内で2000年以降、発症率、死亡率ともに年々増加しています。子宮頸がんの原因がヒトパピローマウイルス(HPV)感染であることは明らかです。そして、HPVはほぼすべての成人の女性が感染しています。そのうちの一部の女性が子宮頸がんを発症します。そのため、日本人女性の約83人に1人が子宮頸がんになります。一方、子宮頸がんと関連するハイリスクHPV感染を予防するためのHPVワクチンが開発されました(図1)。国内では、2013年4月から、国策としてHPV(子宮頸がん予防)ワクチンが定期接種化されています。定期接種ワクチンとは、国民が接種努力義務のあるワクチンという意味です。世界中の多くの国が、日本と同様の国策をとっており、それらの国では既に子宮頸がんは減少しています(図2)。日本国内では中1~高1(一部では小6~)の女子が定期接種対象となり、すべての自治体で公費助成のもと接種されます。2013年3月頃のHPVワクチンの副反応に関するマスメディアの報道以降、HPVワクチンの安全性について見直す動きが始まりました。HPVワクチンの有害事象(ワクチン接種者に起きたすべての健康被害で因果関係は問いません)に関して、国内外で再調査が行われました。国内において、約890万回接種のうち、副反応疑い報告が2584人(のべ接種回数の0.03%)であり、そのうちの約90%が回復または軽快し通院不要となった。未回復の方は186人(のべ接種回数の約0.002%)である。つまり、10万接種あたり2人だけが未回復の症状を呈する頻度です。ただし、これらの重篤な有害事象とHPVワクチンとの因果関係は明らかではありません。また国内外で、有害事象の再調査が行われて、マスコミで問題となっている有害事象については、HPVワクチン接種に特異的な症状ではないことが確認されました。さらに、HPVワクチン接種後にもし重篤な有害事象が発生しても、それに対する診療体制・相談体制、専門機関が整い、健康被害にあわれた方への救済も開始しました。このように本ワクチン接種に関して、社会として十分な体制が整ってきたと考えられます。HPVワクチン接種に不安を感じつつも、がん予防の利益を受けようと接種を希望する一般市民の方たちに対して、体制が整ったことを広く説明し、接種することが推奨される旨を伝える義務があると考えられます。

図1.HPVウイルスとHPVワクチン

  • HPVウイルス粒子
    電子顕微鏡写真
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  • HPVワクチン(同じ形をしたウイルスの“殻”)
    電子顕微鏡写真
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図2.HPVワクチンによって子宮頸がん前がん病変は減少した(デンマークのデータ)

  • HPVワクチン接種を受けた世代
    ⇒ 前がん病変は半減した
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  • HPVワクチンを接種していない世代
    ⇒ 前がん病変は増加している。
    healthcare_graph02

出典:Baldur-Felskov B et al. Cancer Causes Control. 2014, 25: 915-22.